日本最古のシュトーレンの記録が残る場所へ。鳴門市ドイツ館を訪ねて

 

向かったのは徳島にある鳴門市にあるドイツ館。

【ドイツ館公式サイト】
https://doitsukan.com/

ここには、日本で作られた最古のシュトーレンの記録があります。

以前から、シュトーレンが日本に伝わった歴史や坂東俘虜収容所との関わりに興味を持っていました。

昨年、読んだ朝日新聞の記事。

日本で作られた最古のシュトーレン製造の記録が見つかったという内容でした。

【朝日新聞の記事】
https://www.asahi.com/articles/ASTCG4FKKTCGOXIE00TM.html

▼こちらの記事でもご紹介しています。

板東俘虜収容所で焼かれたシュトーレン|徳島「ドイツ軒」に残るパンの記憶https://www.kagonote.com/archives/13527

板東俘虜収容所のシュトーレンは日本最古?鳴門市ドイツ館の記録をたどるhttps://www.kagonote.com/archives/13533

その記録が見つかった場所がドイツ館。

 

そして、その資料に着目した学芸員さんがいらっしゃる。

いつか行ってみたい。

できたらお会いしてみたい。

と思っていた場所に、ようやく足を運ぶことができました。

日本最古のシュトーレンの記録が見つかった場所

ドイツ館は、第一次世界大戦中に存在した坂東俘虜収容所の歴史を伝える施設です。

当時、中国の青島で捕虜となったドイツ兵たちが徳島へ移送され、約3年間をこの地で過ごしました。

ドイツ兵といっても、戦争へ行く前はパン職人や菓子職人、音楽家、教師、職人など、それぞれの仕事を持つ市民たちでした。

収容所の中ではその技術を生かし、さまざまな活動が行われていたそうです。

パン屋、お菓子屋、カフェ、さらにはボウリング場まで。

学芸員さんのお話によると、お菓子屋さんの名前は「ゲーバ製菓所」。

「ゲファンゲネンラーガー・バンドウ(坂東俘虜収容所)」を略した名前だそうです。

【参考資料】
https://bando.dijtokyo.org/?page=theme_detail.php&p_id=39&lang=ja

ここで作られたお菓子は収容所の中だけではなく学芸員さんによると、一部は輸出もされていたそうです。

収容所内にあった「ゲーバ製菓所」ではさまざまなお菓子が作られており、日本最古のシュトーレンの記録もこの時代の資料から確認されているとのことです。

人としての尊厳を守った収容所

坂東俘虜収容所が今も多くの人に語り継がれているのは、シュトーレンの記録だけが理由ではありません。

所長だった松江豊寿は会津藩士の家に生まれました。

戊辰戦争で敗れた会津の苦難を父から聞いて育ったことが、後の人道的な収容所運営につながったともいわれています。

「彼らも祖国のために戦った人たち」

そんな思いでドイツ兵たちに接したそうです。

地域の人々との交流も盛んで、徳島の人たちはドイツ兵たちを親しみを込めて「ドイツさん」と呼んでいたそうです。

音楽やスポーツ、食文化などさまざまな文化が交流の中から生まれました。

有名なのはベートーヴェンの第九。

日本で初めて全楽章が演奏された地としても知られています。

戦争という出来事の中にありながら、人と人との交流が文化を育てていった歴史に胸を打たれました。

今も残る「ドイツさん」の足跡

ドイツ館を見学したあと、収容所跡にも行ってきました。

現在はドイツ村公園という公園になっています。

ドイツ兵たちは収容所の中だけで暮らしていたのではなく、地域の人々と交流しながらさまざまな活動をしていたそうです。

実際にドイツ兵たちが造ったと伝えられる橋や、収容所で使われていたレンガがそのまま残っている様子も見ることができました。

新聞で見ていた歴史が、実際にその場所を歩くことで少し身近に感じられました。

100年前に焼かれたシュトーレンはどんな味だったのだろう

昨年には、日本最古のシュトーレンの記録発見をきっかけに、「板東でも食べられていたかもしれない伝統的なシュトーレン」を再現する企画も行われたそうです。

【シュトーレン再現イベント】
https://doitsukan.com/info/?action_news_view_detail=true&news_id=271&filter=2&year=2025

100年前、この場所で焼かれたシュトーレンはどんな味だったのだろう。

ドイツ兵たちは故郷を思いながら焼いたのかな。

クリスマスにはどんな気持ちで食べたのだろう。

当時は今のように材料が自由に手に入る時代ではありません。

もしかすると徳島で手に入る材料を使いながら工夫して作っていたのかもしれません。

その土地で手に入る素材を使い、その土地で暮らす人たちが作る。

そう考えると、シュトーレンは単なるドイツのお菓子ではなく、その土地の風土や暮らしを映すお菓子なのかな思います。

四万十でシュトーレンを焼いている私たちもまた、この土地で育った素材を使いながら作っています。

100年前にこの地で暮らしたドイツさんたち。

その人たちが焼いたシュトーレン。

架けた橋。

積み上げたレンガ。

歴史の教科書の中の出来事だと思っていたものが、実際にその場所を歩くことで少し身近に感じられました。

今回、ずっとお会いしたかった学芸員さんにお話を伺うことができ、本当に良い時間になりました。

シュトーレンを通してつながったご縁。

また訪ねて、さらにお話を聞いてみたいと思います。

この記事を書いた人

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小清水緑
カゴノオト共同オーナー

東京で障がい福祉の現場に携わる中で、多様な人の暮らしに触れる。
自身の「生きにくさ」と向き合い、それもひとつの個性だと受け止められたことが転機に。
できることを大切にしたいと四万十町へ移住。
四万十町で暮らし出会った農家さんが育てる豊かな素材に驚き、大切に育てられた素材をシュトーレンに入れようと思いつきシュトーレンづくりを始める。
四万十の農家さんの恵みや物語を受け取り、季節や思いをシュトーレンに乗せて全国へ届けている。

誰かの1年の時間にそっと寄り添えるシュトーレンを。

社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士

2026年6月25日

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