板東俘虜収容所で焼かれたシュトーレン|徳島「ドイツ軒」に残るパンの記憶
― 板東俘虜収容所とドイツ軒 ―
バルトの楽園
昨年、Yahoo!ニュースで
「板東俘虜収容所でシュトーレンが作られていた記録が確認された」
という記事を読みました。
シュトーレンを焼いている我々にとって、
その一文はどうしても気になったのです。
徳島出身のスタッフ、あきちゃんにその話をすると、
収容所のことが映画になった『バルトの楽園』のことを教えてくれました。
そこから、映画を見て
徳島の坂東という地域のことを少しずつ知り始めたのです。
板東俘虜収容所跡
第一次世界大戦中、
約4700人のドイツ兵捕虜が日本へ送られました。
全国12か所の収容所に分けられ、
のちに6か所に集約されます。
そのひとつが、徳島の板東という地域。
板東では、所長の考えのもと
ドイツ兵たちを“支配される捕虜”としてではなく、
人としての尊厳が守られることを大切にされていました。
地元との交流も行われ、
収容所内ではパンが焼かれていたそうです。
朝はパンとコーヒー。
1918年には、捕虜たちによる文化祭も開かれました。
戦争の中に、
確かに“暮らしの時間”があった。
ドイツの技術が伝わった町
交流の中で、日本人は
ドイツのパン技術を学んだといわれています。
その流れを受け継ぐとされているのが
鳴門市にある老舗パン屋さん
ドイツ軒さん
いまも営業を続けていらっしゃるパン屋さんです。
年明け、スタッフあきちゃんが
そのドイツ軒さんのシュトーレンを持ってきてくれました。

どっしりと重く、
静かな存在感のあるシュトーレン。

百年前から続く時間を、
少しだけ感じることができた気がしました。

この記事を書いた人 小清水緑
(次回へつづく)
2026年2月22日







